第10回 ルン・ジゥェ倶楽部レポート(2019年1月18日配信分)

新年のルン・ジゥェ、夢馳せる初めての日本!

2019年の新年が明け、すでに1月半ばになりましたが、 ヤンゴンに住む、ルン・ジゥェ・ファミリーに新年のご挨拶に行ってまいりました。
ご自宅兼アトリエ・ギャラリースペースにお伺いすると、ルン・ジゥェ・ファミリーからは、いつものように温かくお出迎えをいただき、今回は、ルン・ジゥェご夫妻と一緒にファミリーディナーを共にする栄誉を授かることとなりました。
ルン・ジゥェと共に、ご家族一緒にわいわいと中華とタイ料理をミックスした食事を美味しくいただきました。ルン・ジゥェはモリモリ食欲旺盛で、息子のお嫁さんの準備した料理を、冗談を交えながら話し、楽しい時間を皆で過ごすこととなりました。

今回のルン・ジゥェとのディナーは、今年7月末から開催予定の東京での展覧会と、日本のコレクターとの交流の話題で、大いに盛り上がりました。

ルン・ジゥェは、生まれて88年間、一度も日本を訪問したことがありません。ミャンマーのヤンゴンで育ち、中国や東ドイツに留学し、南アジアには何度も行っているルン・ジゥェですが、日本は初めてなのです。
一昨年は、体調不良で、来日を断念しましたが、今年こそはと、ルン・ジゥェの意気込みはひとかたならぬものがあります。

しかし、昨年末、一緒に日本食レストランでご家族と一緒に鍋をいただいた時は、体調も絶好調でしたが、新年明けて、ルン・ジゥェの体調は一変していました。

冬のヤンゴンといっても気温が28度以上もあるヤンゴンで、寒い寒いとジャケットに毛糸帽子をかぶり、気丈に明るく振舞ってくれるものの、明らかに体調が万全というわけではありませんでした。

88才という高齢ということもありますが、ここ数年で、血管が詰まりかけ、何回かカテーテルでステントを入れて血管を広げたそうです。が、しばしば目眩に苦しめられており、脳の血管も心配だと不安な顔をのぞかせます。

日本の有名なお医者さんをご紹介するご提案をしたりしながら、ルン・ジゥェの興味は、今年8月開催の東京銀座での展覧会に移って行きました。自分の作品を東京のコレクターの皆さんに見てもらうのが嬉しくてたまらないという表情を見せます。

ミャンマーの現存アーティストとして、唯一オークションで値段がしっかりとつく超高名な画家で有りながら、日本のコレクターとの交流を楽しみにして満面笑みを浮かべるルン・ジゥェをみると、この人は真のアーティストだなとしみじみ思います。

突然、ルン・ジゥェは、「ひとつお願いがある」と、真剣な表情を見せながら謙虚な姿勢で話を始めました。
自分の作品を持つ日本のコレクターが、自分の作品を飾ってある場所で、コレクターと一緒に自分の作品の入っている写真をとって、自分に送ってもらいたい。
そうしたら、自分はそのコレクター宛に直接ポストカードを送りたいんだ、ととつとつと語りながら目を輝かせました。ルン・ジゥェから直接のポスカードが届く!なんて面白いアイディアなのでしょう。

自分自身アートコレクターとして、もし、自分の収集しているアーティストから、直接直筆のポストカードが届いたとしたら、なんという光栄!嬉しさに飛び上がります。

もし、いつの日か、万が一、その絵を売るようなことになったとしても、このポストカードを大威張りで見せながら、自分のコレクションした作品についての思いを物語ることができるぞと、いらぬ想像をしたりしてしまいました。

突然、ルン・ジゥェの奥様が、自分は日本のテレビドラマが好きで、「おしん」をよく見る、その中の美しい風景の日本を8月訪問するのが楽しみだと、言われた時には、今の日本は、あの時代の日本とは違うんじゃないか?と一瞬不安がよぎりました。

すると、ルン・ジゥェが、「おしん」は人間のサガを描いている!と一気に本質に迫ってきました。ルン・ジゥェも「おしん」をみている、さすが敬虔な仏教のメンターだけあって、説得力が違いました。

しかし、「おしん」はアジア中に大きな影響を与えたことを改めて実感し瞬間でした。他のアジアの国でも日本というと「おしん」の話題が出てくることがよくあります。沢田研二の妻となった田中裕子も、今や63才と考えると感慨深い思いです。

それにしても、ルン・ジゥェの、この8月の東京での展覧会にかける思いの強さは尋常ではない。3月に台湾での大きな展覧会もありますが、心はもう東京で、その鬼気迫るエネルギーを真っ向に受けて、ルン・ジゥェ宅を後にすることになりました。