第9回 ルン・ジゥェ倶楽部レポート(2019年1月18日配信分)

クリスティーズ香港オータムセール2018! ルン・ジゥェ健在!
香港の11月後半といえば、もうクリスマス一色。クリスマスの装飾とクリスマスソングが街中に流れる中、アートコミュニティは、クリスティーズ香港の秋のセールと同時に様々なアートイベントが開催されています。
11月24日のクリスティーズ香港のイブニングセールに続き、25日は、アジア20世紀アートセールが開催されました。
10月のサザビーズ香港といい、11月のクリスティーズといい、明らかにミャンマーアートを重要なテーマとして取り上げてきています。
両社とも、ミャンマーについては、20世紀から今に至るミャンマーアートの歴史を辿る組み立てとなっています。
まだまだアートの価値が定まらないアーリーステージのミャンマーにもかかわらず、各社競ってミャンマーを取り上げています。将来、ミャンマーアートが本格的に立ち上がってきた時のための布石というところでしょうか?
アートは時代を先取りするのでしょう!
サザビーズ香港では、An Exploration of the Land of the Pagodas(パゴダの土地の探検)と名打ってミャンマーを取り上げましたが、今回のクリスティーズは、Ruptures in the early Yangon school (初期ヤンゴンスクールの中の分派)と名打っています。
ミャンマーの油絵の歴史は、1920年代、イギリス植民地時代にロンドンで油絵の技術を学んだバー・ニャン(Ba Nyan)からスタートします。ヤンゴンスクールと言われるミャンマーの油絵の歴史が始まりました。
バー・ニャンから、ヌエ・ガイン、サン・ウィン、テイン・ハンと近代ミャンマーアートのバックボーンがつくられた後 ルン・ジゥェが引き継がれてゆきました。
ルン・ジゥェは、近代ミャンマーアートのリアリズム(現実主義・写実主義)を偉大なる師たちから取り入れたのち、90年代から印象派的なタッチへと移行してゆきました。
ルン・ジゥェは、90年代以降、ミャンマーの油画のマスターとして君臨することになりますが、その他にも数々の作家たちが、初期ヤンゴンスクール(Early Yangon School)と言われるバー・ニャンから分化していくことになりました、
そして、ヤンゴンスクールは、ミャンマー最大都市ヤンゴンと、ミャンマーの古都マンダレーに別れてゆきます。
さて、今回のクリスティーズ香港では、18点のミャンマーアートがセールにかけられました。その中で、ルン・ジゥェの作品は2点。
一点は、A Resting Beautyという68X68cmとルン・ジゥェの小さい作品の中の典型的なサイズの作品ですが、2002年の作品となっています。なかなかこの当時の作品は出
て来ないので、貴重な作品であるといえます。
さて、オークション当日です。会場は、中国本土のコレクターが圧倒的に多い印象です。その中に香港のコレクター、そして、日本はじめ、韓国、その他アジアのコレクターが混じっています。ミャンマーの前のベトナムまでは欧米コレクターも一組いたのですが、ベトナムが終わると一気に人が引けてしまいました。
中国人コレクターもベトナムまでは興味あるみたいでしたが、ミャンマーになると帰ってしまいます。会場には20−30人程度になってしまいました。
ミャンマーアートはまだまだ注目度が低いようです。ミャンマーアートの最初一点目、ルン・ジゥェの師匠であり、20世紀を代表する作家の一人ヌエ・ガインは、エスティメート下限の20万香港ドルでハンマー。うーん、低調な滑り出しです。
ミャンマーアート4番目のルン・ジゥェで、ようやく、競りが盛り上がりを見せました。8万?12万香港ドル(約120万円〜180万円)のエスティメートのついているこの作品は、電話と書面のビッドが競合い、上限の12万香港ドル(手数料込みで約220万円)で落札!
しかしながら、実際には、ミャンマーアート18点のうち、エスティメート上限に届いたのはこの一点になってしまいました。まだまだ、ミャンマーアート注目度が低い...。
ルン・ジゥェのもう一点は、更に希少と言える61 x 81cmの1969年当時の水彩画です。ミャンマーの農民が田植えをする風景を描いていますが、印象派になるタッチの前の時代、まさしく、初期のヤンゴンスクールの影響を受けた写実的な作品で、7万−9万香港ドルのエスティメートがついています。
水彩画であり、ルン・ジゥェらしいものではなく、ヤンゴンスクール的な作品だったためか、競りは書面と電話でしたが、エスティメート下限7万香港ドルより下の6万香港ドル(手数料込みで約110万円)での落札となりました。
ミャンマーアート18点のうち、上限での落札1点、エスティメート範囲内の落札者3点、下限3点、エスティメート以下での落札6点、不落札4点といった状況で終わりました。
まだまだ、ルン・ジゥェのみで拡がりを見せないミャンマーアートです。オークション会社という専門家たちは実際に注目し始めているミャンマーアートも、実際にはまだまだ注目度が低いのが現在の状況です。
ミャンマーアートが終ったあとのタイのアートのセールでは、いきなり1000万円超えとなるなど、ミャンマーは、他のアジア諸国から大きく引き離されているのが現状でありました。
ロヒンギャ問題で世界の避難の的となっているミャンマーの現状をみれば、それも予想の範囲内ですが、こういう時こそ、しっかり分析をして、心を引き締めてミャンマーアートをコツコツとコレクションして行くことが将来につながると信じています。
今は、なんとかルン・ジゥェ一人に寄りかかっているミャンマーアート市場が拡がりをみせてくれるようになると、市場全体の価値が大きく引き上げられることになるのであろうと、将来、期待したいと思います。
このようなミャンマーの油画の歴史は、バー・ニャンから始まり、1990年以降は、ルン・ジゥェを柱として分化して今に至りますが、ミャンマーアートという視点では、1988年の軍政権に対する民衆蜂起で、新たに抑圧からの解放と自由を標榜する新たなコンテンポラリーアートの流れが起こったのも注目すべき点です。
その中には、自由への血の叫びを象徴する「赤」と、抑圧を象徴する「黒」で、力強い抽象画を描いたアン・ミンや、実際に軍事政権か自由を叫んだために8年以上も監獄に入れられその中で作品を作り続けたティン・リンなど、素晴らしい作家たちが存在しています。
まだまだ、オークションでは決して大きな拡がりのないミャンマーのアートシーンですが、20世紀前半のバー・ニャンからスタートし、21世紀にはルン・ジゥェを基幹として、しっかりとした基盤を形成する中で、着々と新たなる波を感じる今日この頃でした。